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横浜地方裁判所 昭和36年(ワ)51号 判決 1962年7月28日

判   決

東京都世田谷区代田一丁目三六七番地

原告

鈴木幸一

右訴訟代理人弁護士

衛藤恒彦

藤沢市鵠沼七一五五番地

被告

被相続人関幸重相続財産

右法定代理人財産管理人

井上綱雄

右訴訟代理人弁護士

山本金造

右法定代理人財産管理人

金原藤一

補助参加人

右代表者法務大臣

中垣国男

右指定代理人

沖永裕

大坪昇

右当事者間における昭和三六年(ワ)第五一号所有権移転登記手続請求事件につき当裁判所は昭和三十七年六月一四日終結した口頭弁論に基きつぎのとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用(補助参加により生じた費用を含む)は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対して別紙目録記載の土地につき昭和三〇年五月二〇日贈与を原因とする所有権移転の登記手続をせよ。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求原因として

一、原告は昭和二六年六月二四日死亡した鈴木照嘉の長男にして、照嘉は亡関テルの甥にあたるものである。亡関テルと亡関幸重とは夫婦であつて、関テルは昭和三四年四月七日、関幸重は同年一二月二八日それぞれ死亡した。亡関幸重は昭和三〇年五月二〇日原告に対しその所有にかかる別紙目録記載の土地(以下本件土地という)を死亡後贈与することを約し原告はこれを承諾したところ、関幸重はその後前記のように死亡したので、右死因贈与はその効力を生じた。

二、右死因贈与がなされるに至つた事情は次のとおりである。

亡関テル(旧姓植村)は訴外植村伝助と双生子であつたため、当時の男女の双生子を忌む風習に従つて幼少の頃から植村家の親族である原告家(当時原告の祖父)に預けられ、原告家において原告の父亡鈴木照嘉等と兄弟の如く養育せられ長じて横浜市内の高等女学校を卒業して亡関幸重と結婚するに至るまで原告家の家族の如く原告家に同居していた。他方亡関幸重は当時植村伝助商店(羅紗等の輸入商)に勤務していたのであるが先代植村伝助のすすめによつて、亡関テルと婚姻し、植村家に縁故があつて当時廃家となつていた関家を再興した。そして亡関テルは相当の資産を持つて嫁入りし、他方亡関幸重も婚姻後引続き植村商店に勤務していたので、いわば、事実上の婿養子のような関係にあつた。このような次第で亡関テルは原告家を自己の里方のように考え、さきに原告の父の妹で、原告の叔母にあたる鈴木富美子を養女として迎えたが、不幸にして富美子は関東大震災の折死亡した。また以上のような関係から関テル夫妻は生前関家のことについてはなにかと原告の父照嘉を相談相手とし、照嘉もまた関家のためひたすらつくしてきたのであるが、照嘉が前述のように昭和二六年六月二四日死亡するや、その後は常に同人の好意を感謝しその長男である原告を愛し原告が長ずるに及んでは原告を相談相手としてきた。従つて原告家と関家とは親族中でも特にその関係は深かつたのである。そこで亡関テルと亡関幸重の両名は昭和三〇年五月二〇日原告に対し関幸重所有の本件土地とその地上にある関テル所有の別紙目録記載の建物とを死亡後贈与することを約した。よつて原告は関夫婦の居宅の裏にある右建物に対し金一七万余円を投じて修理増築をなした程で、一時は右建物に居住していたものである。

三、亡関幸重については相続人がないためその財産は被告法人となり井上綱雄、金原藤一の両名は横浜家庭裁判所の選任により相続財産管理人となつた。

四  よつて被告は原告に対し本件土地につき前記死因贈与にもとづく所有権移転登記手続をする義務があるので、原告は被告に対し右義務の履行を求めるため、本訴請求に及んだ。

と述べ被告の抗弁に対して「本件土地の死因贈与が書面によらないものであることは認めるが死因贈与の取消については遺贈に関する規定が準用されるが民法第一〇二二条の解釈として遺贈の取消権者は遺言者本人であることを要し代理人又は承継人によつてはこれを取消すことができないことになつているから、右死因贈与についても被告法人の財産管理人はこれを取消す権利を有しないものといわなければならない。もし仮りに管理人は右贈与の取消権があるとしても、

1  一般に贈与は人情・情誼・恩義又は近親愛等に基いてなされる故贈与契約の取消は余程特殊の場合を除き本人以外の者においてなすべきではなく、このことは自己生前の恩義や情誼・近親愛又は死後の祭祀等のことを考慮してなされる死因贈与の場合にはなおさらであり、もしこれを認めれば愛贈者の死者に対すを尊敬の念を失わしめ、引いてはその祭祀等を放置する結果を生ぜしむるのみならず故人の遺徳を害し死者の意思に著るしく反するし

2  相続財産の管理人は故人の社会的地位社会道徳社会通念等を考慮し故人の遺徳を害せぬ様に財産の保全をなすべきであつて唯一筋にこれらを犠牲にしてまで相続財産の増加を計るべきではないのみならず、

3  殊に本件の場合残余財産は国庫に帰属する関係にあるので特に故人の意思の存するところ社会道徳・社会通念・近親愛故人の遺徳及び祭祀等諸般の事情を参酌して取消権を行使しなければ一般人をして国家に対し恨みを抱かしめることになるので、

管理人が本件土地の死因贈与契約を取消すことは書面によらない贈与の取消権を認めた法意を逸脱し権利の濫用であつて無効である。このことは今回の「民法の一部を改正する法律」により新設された民法第九五八条のによれば被相続人と特別の縁故ある者に対しては家庭裁判所は相続財産を無償分与ですることができる旨規定されているところからみても、本件土地の死因贈与は被相続人において原告家ならびに原告との従前の関係を顧慮し情誼・恩義に基いてその謝恩的な意味でなされたものであり単なる無償贈与とは異るものである以上、これをも無視して本件土地の死因贈与を取消すことは、被相続人の意思に反し、かつ社会通念や社会道義を無視するものであつて、その不当なることは明らかである」とのべ、証拠(省略)

被告財産管理人は主文同旨の判決を求め、答弁として

一、原告主張の一、の事実中亡関幸重と原告との間に原告主張の日その主張のような死因贈与が成立し亡関幸重死亡によりその効力を生じたことは否認する。その余の事実は認める。原告主張の二の事実は不知、原告主張の三、の事実は認める。原告主張の四は争う。

二、抗弁として「仮りに原告と亡関幸重との間において前記贈与契約が原告主張のとおり成立していたとしても、死因贈与も贈与の一種であるから一般贈与に関する民法第五五〇条の適用を受けるところ、前記贈与契約は書面によらないものであるので同人はこれが取消権を有していたところ、被告相続財産法人は被相続人の一身に専属するものでない限り被相続人の死亡時において有していた一切の権利義務を包括的に承継するものであるから、一身専属権でない右取消権をも承継した。よつて本訴において(昭和三六年九月二二日の第六回口頭弁論期日)前記贈与契約を取消す。なお右取消権の行使については既に昭和三十六年六月二三日横浜家庭裁判所の許可をえている。と述べ原告の再抗弁事実を争い。

証拠(省略)

理由

原告が昭和二六年六月二四日死亡した鈴木照嘉の長男にして、照嘉は亡関テルの甥にあたること、亡関テルと亡関幸重とは夫婦であつて、関テルは昭和三四年四月七日、関幸重は同年一二月二八日にそれぞれ死亡したこと亡関幸重については相続人がないためその相続財産は被告法人となり、横浜家庭裁判所より相続財産管理人として井上綱雄・金原藤一が選任されたこと、本件土地が亡関幸重の所有であつたことは当事者間に争いがたい。

よつて原告主張の如き贈与契約が成立しているか否かを判断するに、右争いのない事実及び(証拠)を綜合すると、亡関幸重の妻亡関テル(旧姓植村)は訴外植村伝助と双生子であつたため幼少の頃から植村家の親族である原告の祖父方に引取られて原告の父亡鈴木照嘉らと兄弟の如くにして養育せられ、神奈川県立第一高等女学校を卒業して亡関幸重と結婚するまで、原告家の家族の如く原告の父らと同居していた。このような関係で関テルは婚姻後も原告家を自己の里方のように考え、原告の父の妹で原告の叔母にあたる鈴木富美子を養女として迎えたほどであるが、同女は関東大震災の折死亡した。しかしその後においても関夫婦は原告家に対し非常な恩義を感じ、原告の父照嘉に対しては普通の叔父・叔母・甥という肉親関係以上に深い愛情を感じ、関家の財産の管理処分についても銀行員であつた照嘉に対して打明けて相談し、照嘉もまたひたすら関家のためにかげひなたなくつくし、照嘉の子原告も関夫婦に寵愛せられ、幼少の頃より関家に出入りし、照嘉が昭和二六年死亡した後は成人した原告が関夫妻の相談相手となつていたこと、以上の如く関夫婦と原告とは極めて懇意の間柄にあつたため、関夫婦は昭和三〇年五月原告に対し関幸重所有の本件土地及びその地上にある関テル所有の別紙目録記載の建物を死亡後贈与することを約し、原告はこれを承諾したこと、原告は関夫婦の希望により同年夏から昭和三二年秋まで約二年余の間、関夫婦の居宅の裏にある右建物に居住し、その間自己の費用を以つて台所の増改築をしたことが認められ、右認定の妨げとなる証拠はない。

被告の財産管理人は本件土地の死因贈与は書面によらない贈与であるところ、横浜家庭裁判所の許可を受けたから民法第五五〇条により本訴においてこれを取消すと抗弁するを以つてこの点につき検討するに、右贈与が書面によらないものであることは当事者間に争いがなく、またその履行を終つていないことは口頭弁論の全趣旨により明らかで、また成立に争いのない乙第一号証によれば、右取消につき横浜家庭裁判所の許可を受けたことが認められるところ、死因贈与も贈与の一種であるから、前記法条の適用を受けるものと解すべく従つて亡関幸重は右贈与の取消権を有していたものというべく、右取消権は一身専属権ではないから、被告は同人の死亡により右取消権を承継取得したことになる。原告は、死因贈与については、遺贈に関する規定が準用されるところ、民法第一〇二二条の解釈として遺贈の取消権者は遺言者本人であることを要し、代理人又は承継人はこれを取消すことができないから、遺言者本人でない被告の財産管理人はこれを取消すことができないと抗弁するが、被告の財産管理人は民法第五五〇条による取消権を主張するもので、同法第一〇二二条による取消権を行使するものではないこと被告の主張自体明かであるから、原告の右抗弁はその前提を欠き理由がない。

更に原告はその主張するような事由により被告の取消権行使は権利の濫用であると抗弁するからこの点につき検討を進めるに、民法第五五〇条の法意は、贈与を慎重になさしめるという警告的意味は少く、書面によらない贈与の場合には贈与者が贈与する確たる意思があつたことを確知することが困難で、当時者間に紛争を生じ易いので、贈与の成立について争いが生じた場合、他の証拠方法たとえば証人の証言によつて贈与の成立を認めることができても、贈与者又は承継人において贈与の取消を主張する限り、証拠方法を書証に限定し裁判の確実を期したものと解するを相当とする。換言すれば法は口頭約束による贈与の履行は当事者間の徳義問題に委ね、法律的方法によりその履行を強制しないことにしたものである。もとより、いつたん贈与の約束が成立した以上、それが口頭の約束であると否とを問わず、贈与者又はその承継人において誠実に履行をなすべきことは、社会生活における道義観念の要請するところであつて、法も、また決して口頭約束による贈与の不履行を保護奨励するものではなく、ただその不履行に対し裁判上の救済を認めないだけである。従つて被告の財産管理人が取消権を行使したため原告の主張するように贈与者亡関幸重の意思に反し、その遺徳を害し、受贈者をして故人に対する尊敬の念を失わしめるような結果となつたとしても、やむを得ないものというの外はない。

なお、この度の「民法の一部を改正する法律」により民法第九五八条の三が新設されたことは原告の主張するとおりであるが、同規定は、相続人がないため相続財産が国庫に帰属すべき場合に財産分与の形で被相続人と特別の縁故があつた者に相続財産を取得せしめる道を開いたものであつて、書面によらない死因贈与につき相続財産管理人による取消権の行使を許さないとする趣旨を包含するものではなく、寧ろ遺贈ないし死因贈与に関する規定の補充として、今後は、右新設規定の運用により、原告が本訴において強調するような右取消権行使による不都合な結果は大部分これを避けることができるであろう。それ故被告の財産管理人による取消権の行使を目して社会の道義観念に反し許されないものということはできないから、原告の権利濫用の抗弁は採用することはできない。

そうすると本件土地の死因贈与は被告の財産管理人の取消権行使により有効に取消されたものであるから、右死因贈与が有効に存在することを前提とする原告の本訴請求はその前提において既に理由がないから、これ棄却すべく、訴訟費用(補助参加により生じた費用を含む)については民事訴訟法第八九条、第九四条を適用し、主文のとおり判決する。

横浜地方裁判所第四民事部

裁判官 久 利   馨

目録(省略)

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